はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 311 [迷子のヒナ]

この男たち、気でも違ったか?

ジェームズは歯を食いしばり、怒りともつかない激しい感情を抑えこんだ。

ジャスティンは自分自身の身を守るため、少々無理のある手に打って出ようとしている。それは仕方がないが、そこにパーシヴァルは必要ない。

「そもそも、そんなにうまくいくのか?」

ジェームズはジャスティンの計画に難色を示した。さきほどまでは確かに乗り気だったのだが、それはそれ。

「うまくいくもいかないも、ただのイベントだ。失敗するはずがないだろう?」ジャスティンはのんびりと言い、同意を求めるようにパーシヴァルに向かってあごを突き出した。

「そういうこと」パーシヴァルは肩をすくめ、これ見よがしににこりと笑った。

ジェームズはパーシヴァルを鋭く睨みつけた。これまでパーシヴァルの行動にはおおむね目をつむってきたが、もう限界だ。好きだのなんだのとしつこくつきまとっていたくせに、堂々と、僕の目の前で、他の男たちと戯れるつもりか?

ジェームズは大きく鼻から息を吸って、ジャスティンを見て言った。「あまり騒ぎが大きくなり過ぎると、客たちの中には困る者も出てくるだろう?」

あからさまに無視をされたパーシヴァルは、一瞬ムッとした表情を見せたが、それでもめげずに話に割って入った。

「そんなことはないさ。僕たちは――いや、客たちは退屈している。もうずっと心躍るようなイベントを待ち望んでいたし、スティーニークラブ独特の自堕落な雰囲気が近頃は欠けていたからね。彼らはきっと喜ぶさ。ああ、そうだ。客集めはダドリーに頼んだらどうだ?あいつはこういうのが得意だし、乗り気じゃないやつを締め出すのに役立ってくれるはずだ」

「それで、ダドリーには君の身体を差し出して礼をするつもりか?」ジェームズは太ももを手の甲で弾き、蔑むような目でパーシヴァルを見た。

「なんてこと言うんだ!」ジェームズの辛辣な物言いに、パーシヴァルが心外だとばかりに声をあげた。

「ジェームズ。こいつはただ、居候としてちょっとした仕事を引き受けようとしているだけだ。それに、謝礼がわりに身体を差し出そうがどうしようが、お前には関係のない事だ」ジャスティンは厳しい目をジェームズに向けた。

そうだ。関係ない。

いや、関係なくはない。彼はもう僕のもので、ここ最近はずっとそうだと思っている。

だから、パーシヴァル。僕を試そうとするな。嫉妬という醜い感情を煽るのはやめろ。長い間――そうだ、一〇年もの間、ずっとその感情に支配されていたのだ、もう二度とそんなものに支配されたくない。

「クロフト卿、今のは言い過ぎでした」ジェームズはまったく感情のこもらない口調で言った。いや、唯一怒りという感情はこもっていた。「では、ひとまずハリーにこの事を伝えてきます。ジャスティン、あとで、クラブで」不愛想に言い、ジェームズは席を立った。

しばらくパーシヴァルとは口をきいてやるものか。

そんな子供じみた事を思いながら、ジェームズは仕事場へ向かった。

つづく


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迷子のヒナ 312 [迷子のヒナ]

「どこまでやる気かは知らないが、あまりジェームズを怒らせるな。気を惹きたいなら尚更だ」
そう言ってジャスティンは書斎机をごそごそとやり始めた。手紙や封筒、束になった書類、それらはおそらくダヴェンポートから譲り受けた(相場よりもかなり高値で)屋敷の手続き関係のものだろう。

パーシヴァルは将来自分のものになる地所の隣に、ジャスティンが住んでいることを想像して身震いした。

将来のことはさておき――

「でも、僕がいた方が盛り上がるだろう?」

ジャスティンの言う通り――鈍感男に言われる筋合いはないが――ジェームズの気を惹きたいし、ジャスティンに不名誉な称号を与えることにもわくわくする。僕だって役に立つところを見せたい。けど、ジェームズに余所余所しい口をきかれるだけで、気持ちは地の底まで落ち込んでしまう。

「お前の為に最上階を空けておこうか?」ジャスティンはニヤリとした。

「どうも御親切に」パーシヴァルは引き攣った笑みで応じた。その気はないが、成り行き次第では……ということもあり得る、かもしれない。

「ところで――」ジャスティンはそこで言葉を切って、なにを思ったのか、机について仕事をしはじめた。

むむっ。いっこうに『ところで』の続きを言う気配がないではないか!

気になって仕方がないので、先を促す。

「ところで、なんだ?」特に関心がないさまを印象付けようと、ピカピカに磨かれた爪の先にふっと息を吹きかけ、うっとりとしてみせた。

ジャスティンは鬱陶しげに顔を顰め、パーシヴァルを睨みつけた。気持ち悪いから爪の先を愛でるな、とでも言いたげだ。「お前には羞恥心はないのか?」

なにをいまさら!

「ないねっ!」と言い切ったが、最近はそうでもない。ヒナが毛のない股間を見せびらかすたびに、いちいち赤面してしまう。産毛を必死に指差し、大人の男だとアピールする姿は、かわいらしいが、あまりに無頓着で羞恥心が無さすぎる気がする。

「だろうな。さもなければ、複数の男との戯れを見せつけて喜ぶはずがないよな」

「随分な言いようだけど、一言言っておく。セックスは好きだけど、だからといって誰に見られてもいいわけじゃない。不能野郎のボナーなんかに見られていたら、僕の凛々しい一物はぐったりしてしまうよ。そうは言っても、君だって見たことあるだろう?」ジェームズも……。

「誰が見るかっ!頼まれたってごめんだ」

即、全否定され、ちょっぴり自尊心が傷ついた。

「で、でも……見回りとか、あるだろう?」

「それは俺の仕事じゃない。ハリーの仕事だ」

「ハリーだけか?」ジェームズもだろう?

「さあな。ショーを見たいやつはこっそり覗いていたんじゃないのか?見るほどの価値があるようには思えないが」

「僕は美意識が高いんだ。酔っ払っていても美しく抱かれたに決まっている」

これは先日、酔っ払ってクラブを訪れて、クラムとダドリーにいいようにされた夜のことだ。あの日、観客は多かったと伝え聞いている。

いやいや、こんな話をするためにここに居るわけじゃない。

パーシヴァルはやっと本来の目的を思い出し、午後、ヒナと出掛けることを告げた。

ジャスティンは即答で、もちろん反対した。

つづく


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迷子のヒナ 313 [迷子のヒナ]

たとえジャスティンの許可が下りなくとも、ヒナがすっかり支度をすませてしまえばこっちのもの。

近侍が外出中とあって、ヒナの着替えは新人チャーリーに任される事となった。有能とは言い難いあの青年が、ジェームズの目に留まったのが不思議でならない。なんだかんだ言って、ジェームズもあの魅力的なきゅっと締まった尻に惹かれたのではないのか?

お尻の美しさなら僕だって負けていない。

パーシヴァルは鏡の前に立ち、腰をひねって尻を突き出した。この仕立てのいいぴったりとしたズボンを穿きこなせるのは、僕くらいなものだ。

ふふん。

パーシヴァルは満足げに、鏡に向かって片目を閉じてみせた。自慢の緑色の瞳に合わせて、クラヴァットピンはエメラルドをあしらったものにした。

自信たっぷりに堂々とした足取りで部屋を出ると、ヒナの待つ――もしくはパーシヴァルが待つことになる――玄関広間へ向かった。

パーシヴァルにとっては久しぶりの外出だ。危険もなければ、もうなににも怯える必要もない。ジェームズがプレゼントしてくれたステッキも初お披露目となる。

誰もが僕を振り返って見るだろう。

自己陶酔に浸っていたパーシヴァルは、つと足を止めた。

お出掛け着に身を包んだヒナと、悪魔のようにどす黒い何かを発しているジャスティンが玄関でお待ちかねだ。

強行突破を試みたが、ここまでか……。

パーシヴァルは無念の思いで、階段を降りきると、うつむいたままヒナにだけ分かるように合図を送った。

『つかまっちゃったのか?』

ヒナは口をへの字に曲げ『まあね』と返した。

「やあ、ジャスティン。一緒に出掛ける気になったのかな?」努めて明るく言う。

ジャスティンは、まさかと目を剥いた。

「ジュスはこれから弁護士さんと会うんだって」ヒナはがっかりした様子で言った。

「だから、代わりにジェームズが付き添う。用事を済ませたらさっさと戻ってくるんだぞ」ジャスティンはピリピリとした様子で、ヒナの頭に山高帽をのせた。

ヒナの帽子姿は珍しい。

パーシヴァルは密かに驚きつつ、それよりも遥かに驚くべき状況に思わず頭を抱えた。

絶対わざとだ。

ジャスティンはわざとジェームズを付き添わせた。

僕とジェームズがひどい状況になるのを面白がっているのだ。

自分がうまくいっているからって、ひどいじゃないかっ!

パーシヴァルは執事から帽子と新しいステッキを受け取ると、重い足取りで玄関を出た。

つづく


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迷子のヒナ 314 [迷子のヒナ]

ヒナはジャスティンの頬にキスをすると、行ってきますと言ってパーシヴァルのあとを追った。

玄関ポーチにはジェームズが立っていた。ヒナはこわごわとその横を通り過ぎると、階段の途中で一度立ち止まり、ジェームズを振り仰いだ。
ジェームズは、馬車に乗り込むパーシヴァルの後姿を見ているように見えた。

この時、ヒナはあることを計画していた。

だから急いで階段を降りて、チャーリーの手を借りて馬車に乗り込んだ。

ヒナはパーシヴァルの横に座り、向かいの席に脱いだ帽子をちょこんと置いた。これでジェームズはパーシヴァルの目の前に座らざるを得なくなった。

御者台は御者とチャーリーが座るのでいっぱいだ。逃げ場はない。

むふふ。

ヒナはほくそ笑んだ。

「ヒナ、なにを企んでいるんだい?」パーシヴァルは首を傾げてヒナを見おろし、おせっかいは無用だよと目で訴えた。

「助け舟だよ」ヒナは日本語で答えた。

「タスケブネ?」パーシヴァルは言葉の意味が分からずぽかんとした。

ヒナはにこりと笑った。
二人だけでお昼を食べていた時、パーシーはすごく落ち込んでいた。たぶんジャムのせい。だからヒナがパーシーの為に一肌脱ぐんだ。そうすればきっと、パーシーは元通り元気になる。

ジェームズが乗り込んできた。座席に帽子が置かれているのを見て、不快げに頬をピクつかせ、ヒナに鋭い一瞥を向けた。

ヒナは素知らぬふりをした。怖くて震えあがったけれども、計画を断念するつもりはない。

ジェームズが不承不承パーシヴァルの向かいに座ると、まもなく馬車は石畳に軽やかな音を響かせ動き出した。

すぐさまヒナは、わざとらしくふわぁとあくびをし、「ヒナ、眠たくなっちゃった」と馬車の揺れに身を任せ、寝たふりを決め込んだ。

はずだったのだが――

ひと区画も進まないうちに、ヒナはうっかり眠りこけてしまった。

聞き耳を立ててじれったい二人の様子をうかがおうという計画は、またたく間に頓挫してしまった。

つづく


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迷子のヒナ 315 [迷子のヒナ]

ジェームズはピリピリと神経を尖らせていた。玄関でヒナを見送ったジャスティンと同様に。

理由は違えど、問題となる人物は同じ。

パーシヴァル・クロフト。

彼はなぜ、こうも問題ばかり起こすのか?おとなしくしていればいいものを。

ジェームズは冷然たる態度で、目の前のパーシヴァルを見やった。

忌々しいほどの涼しい顔で、小窓に掛かるカーテンを熱心に見つめている。

表情程は落ち着いていないのかもしれない、ジェームズは思った。

やましさがきゅっと引き結ばれた口元に表れている。

おそらく、ヒナをだしにダドリーに会うつもりでいたのだろう。外出禁止令が解かれた途端これだ。だれが危険を取り去ったと思っている?結果的にはジャスティンと公爵のおかげだが、この僕だって少なからず貢献はしている。

ジェームズは膝に置いたこぶしに力を込めた。

パーシヴァルの横顔が、とんだ邪魔をされたと訴えているように見えたからだ。

カッと頭に血がのぼるのを押しとどめたのは、ヒナの心地よさそうな寝息だった。

「寝てしまったようだね」
パーシヴァルはヒナの首が変な方向へ曲がらないように、座席と頭の間にクッションを挟んでやった。

「そのようだな」ジェームズは硬い声で応じた。

しばしの沈黙。
けれどジェームズの胸の内には、なぜか気まずさよりも安堵感が広がった。

腹は立つが、ともかくパーシヴァルは目の届く場所にいる。これなら何かしでかす前に、止めることが出来る。

「付き合せたみたいで悪かったな」パーシヴァルは俯き加減で呟くように言った。ヒナの真似をしてか、ふんわり無造作にまとめた金髪のひとすじが、はらりと額にかかった。

「これも仕事のうちだ。こっちこそ、邪魔をしたようで悪かったな」

言って後悔した。これではまるで拗ねた子供のような言い草だ。

ハッとしたように顔を上げたパーシヴァルと視線がぶつかった。その目は驚いているようでもあり、怒ってもいる。

「邪魔?僕はジェームズのことを邪魔だとか思ったことは一度もないぞ」

必死に否定されると、やはり何かあるのではと疑いたくなる。

「ジャスティンをひどく不機嫌にしてまでヒナを連れて出るのには、何か特別な理由があったのでは?」

「ふんっ。ジャスティンはいつも不機嫌さ!」パーシヴァルは憤然と言い捨てた。それから眠っているヒナを起こさないように、声の調子を抑えて続けた。「ヒナはすごくショックを受けていた。もちろんジャスティンが結婚するとかしないとかっていう話のせいでね。ぼろぼろと涙を零して泣いた。この世の終わりみたいにね。大丈夫だって言いきれないのに、そう言うしかなかった僕の身にもなってよ。とにかく、ヒナを元気づけたいと思った。それだけ」

パーシヴァルはまたカーテンに視線を戻してしまった。

ジェームズは何も言い返せず、その横顔をじっと見つめることしか出来なかった。

つづく


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迷子のヒナ 316 [迷子のヒナ]

あ、あぶなかった。

久しぶりの外出にまで、何かの思惑を感じずにはいられないとは……。

ジェームズはなんて疑り深いんだ!

パーシヴァルは額の汗を拭いたい衝動を抑え、必死に深紅のベルベットのカーテンを見つめた。

まあ、そもそも信用されていないので、当たり前といえば当たり前なのだが、あまりの鋭い指摘に、もう少しで屋敷を売り払うために弁護士と面会するつもりだと打ち明けそうになった。

ひとまず今日は会えなくなったが、明日にでも売却の手続きを進めるように手配するつもりだ。もう、ジェームズと離れるつもりはない。

「ダドリーに会うつもりだったのか?」ジェームズが出し抜けに言った。

パーシヴァルは言葉の意味を理解するのに、しばらくかかった。

ダドリー?僕のかつての親しい友人のダドリーのことか?今はただの友人のダドリー?なぜ僕がダドリーに会いに行くと?クラブの催しのことで僕がダドリーの名を出したからか?

まさかっ!?……嫉妬?

いやいや、ジェームズが嫉妬などするはずがない。あぶないあぶない。思い込みで『嫉妬でもしているのか』と尋ねるところだった。

「会わないよ。ただ、ヒナとラッセルで、お腹がはちきれるまでデザートを食べようとしていただけだ」

嘘ではない。弁護士に会った後、そうするつもりだった。デザートが口止め料だとは別に言う必要もない。ジェームズにもヒナにも。どうせ察しのいいヒナは、デザートの意味も、なぜ屋敷を売るのかも、わかるはず。

それにあれこれ画策していても、結局この外出は、ヒナを慰める為のものに他ならないのだから。

「パーティーには出て欲しくない」ジェームズは言った。これといった意味はないといった様子で。気恥ずかしさもみせず、頬を赤らめもせず、あきらかに独占欲を思わせるセリフを口にした。

パーシヴァルは戸惑った。

やはり嫉妬?

「嫌なのか?僕が……その、友人と仲良く談笑したりするのが……」

「談笑?談笑だけで済むのか?」ジェームズは癇癪を爆発させる寸前のような声をあげた。

「す、済むさ……僕が無理矢理されるのを好まないのは知っているからね。みんな……」自信のなさから声が尻すぼみになった。抑えの利かない僕の身体は、誘惑に勝てるのだろうか?心ではジェームズを求めてはいるけど、身体は誰にでも反応してしまう。あのブライスにでさえ――僕を暴力で支配した男だ!――意に反して身体が熱くなってしまったのだ。もちろん、最初のうちだけだったけど。

「仮面をつけたパーティーでみんなが遠慮するとでも?」

確かに……誰も遠慮はしないだろう。

でも、だからといって、ジェームズがこんなにむきになるのは――

「嫉妬?」だよね。

つづく


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迷子のヒナ 317 [迷子のヒナ]

パーシヴァルの言う通り、これは嫉妬だ。

認めないとでも思ったか?無論、認めたからといってそれを口にするほど愚かではないが。

ジェームズは目をすがめ、何とかして自分の行動を正当化しようと、いちいち口ごたえをするパーシヴァルを不満げに見やった。

よもや乱交パーティーの主役になろうなどと、よくも言えたものだ。欲求を満たすためなら、先夜の告白も昨夜の反省と感謝の言葉も、なかったことにしてしまえるという事か?

「口先だけで言い寄る気なら、こちらにも考えがあります」

「考えがあります?なんでそんなかたっくるしく、恐ろしい事を言うんだ」パーシヴァルがその目に恐怖を浮かべた。声は悲鳴に近かった。

ジェームズは満足げに片方の口角をわずかに上げた。

「他の男と戯れる姿を見せつけたい、そう解釈していいんですね」ほとんど断定するように言い切り、すっと目を逸らした。いい子にしていなければ、もう二度と見つめ合うことも叶わないとの、無言の圧力だ。我ながら自分勝手だと思う。こちらからは何も与えていないのに、パーシヴァルのすべては自分のものにしておきたいのだから。

「馬鹿言うなっ!戯れるつもりも、見せつけるつもりもない。僕が戯れたいのはジェームズだけだ」パーシヴァルは声を大にして即座に否定すると、誘いをかけるようにぴかぴかの靴でジェームズの足首をコツンと突いた。

「ぐふぅ」

ぐふぅ?

珍妙な一声の主は、首があらぬ方向に折れ曲がったまま眠りこけているヒナだ。枕代わりのクッションは足元に転がっている。

「あわわ、ヒナ!首が折れちゃうよっ!」パーシヴァルが慌ててヒナを抱き起こし、ぐにゃりと垂れ下がった頭を膝の上に乗せた。

「ちょうど昼寝の時間か」ジェームズはそっけなく言った。すぐそこまでの距離をよくもまあ熟睡できるものだ。

「ホテルに着けば自然と起きるよ、きっと」パーシヴァルはそう言って、ヒナの頭を優しく撫でた。

「ヒナの事がよく分かっているようだな」

「まあね。日中はずっと一緒にいるし、どことなく似ているだろう?僕たち」パーシヴァルはにこりとした。

「ああ、そっくりだ」羞恥心のなさとか、押し付けがましい愛情表現とか……。

一途に相手を想う所も一緒だろうか?こっちが気を許した途端、ブライスのように捨てられたら、きっと僕は、ブライスよりももっとひどい事をしてしまうだろう。

馬車が止まり、ほどなくしてドアが開いた。チャーリーが顔を覗かせた途端、ヒナはむにゃむにゃと何事か呟きながら起き上がった。

寝ぼけたままのヒナはチャーリーに抱きかかえられ、馬車から降りた。

ジェームズはパーシヴァルに先に行くように目で合図をし、最後にヒナの帽子を手にホテルの前に降り立った。

結局、パーシヴァルの口からパーティーへの不参加の言葉は聞けなかった。

つづく


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迷子のヒナ 318 [迷子のヒナ]

ヒナは帰りの馬車でも眠っていた。

パーシヴァルとジェームズは不毛なやり取りを繰り返していた。お互い温度差はあれど、惹かれ合っている――パーシヴァルの方は完全にのぼせあがっている――というのに、まったく無駄もいいところだ。

馬車がバーンズ邸に到着したところで、起きている二人の争いはひとまず棚上げとされた。

行きと同じで、ドアを開けたのはチャーリー。顔を覗かせ、またしてもヒナが寝ていることに驚いた様子で到着を告げる。

「デイヴナム、ヒナを部屋まで頼む」とジェームズ。

ヒナに膝を貸していたパーシヴァルは、太もものひんやりとした部分には気付かない振りをして、デイヴナムことチャーリーにヒナを託した。

チャーリーは美尻のわりには力持ちだ。ヒナを難なく抱きかかえると、玄関前の階段を上がりポーチで待つホームズにぺこりと頭を下げた。

ぼくのような下っ端がお坊ちゃまを抱きかかえる役目を仰せつかって申し訳ありません、と恐縮したような頭の下げ方だった。

ホームズは「お坊ちゃまをお部屋へ」とだけ言い、すこぶる不機嫌そうなくせに付かず離れずの二人から外套を受け取りながら共に邸内へと入った。

そこには、ホームズがほんの数秒前には想像もつかなかったような光景が広がっていた。

この屋敷の主人と雇われたばかりの新米使用人とが、ちっちゃな人形のようなヒナを奪い合っていた。熟睡しているのか、ヒナはチャーリーにべったりで、それを見たジャスティンは歯を剥き出しにして呻っている。

まさか、とホームズは目を剥いた。

「デイヴナムッ!」ホームズは声を裏返し叫んだ。めったにないことだ。

チャーリーは自分の使命を果たそうとしてか――ヒナを部屋へ連れて行くという――頑なにジャスティンへのヒナの引き渡しを拒んでいる。だいたいお前は誰だ!とジャスティンの怒声が聞こえ、可哀相なチャーリーは顔も名前も憶えられていないことが判明した。

「おやおや。眠れる森の美女――ではなくて、少年の奪い合いがこんな場所で見られるとは思わなかったよ」パーシヴァルがさも愉快げに言った。

「笑い事ではない。あれは君のとこの使用人だぞ。早くヒナをジャスティンに引き渡すように言ってやったらどうだ?」とジェームズ。

「雇った覚えはないね」パーシヴァルはクスクス笑いながら返した。

「キャッン!」と、ヒナが踏みつけられた犬のような声を出し、やっとその場が静まった。

「デイヴナム!早くお坊ちゃまを旦那様にお渡ししなさい!」ホームズが口から火を噴きそうな勢いで、チャーリーにぴしゃりと命じた。

「あれ?チャーリー?」ヒナは自分を抱きしめているのがチャーリーで驚いたようだ。顔をきょろきょろとさせ、目をぎらつかせているジャスティンに気付くと、「ジュスッ!」とひと叫びして、ジャスティンの腕の中へ飛び移った。

ジャスティンはヒナをしかと抱きとめ、『どうだ。ヒナは俺のものだ』と言わんばかりの顔つきでくるりと踵を返す。わずかに顔をジェームズのいる場所へ傾げると「話がある、書斎へ」とだけ言い、その場を立ち去った。

ジェームズが静かにあとを追う。

パーシヴァルも動き出す。悔しげに立ちつくすチャーリーに近寄り、一言アドバイスをする。

「チャーリー、ひとついいことを教えてやる。ここではヒナに選択権があるんだ。どんな場合でもね。でも、まあ、ほとんどの場合において、選ばれるのはジャスティンって決まっているんだ。だからヒナにあっさり捨てられても、気にする事はないよ」

そのジャスティンでさえ、時折、お菓子ごときに捨てられるときもあるしね、とパーシヴァルは思いながら、にこにこ笑顔で嫉妬深い視線を向けるジェームズのあとについて行った。

つづく


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迷子のヒナ 319 [迷子のヒナ]

朝、グレゴリーの訪問を受け、ジャスティンの仕事が増えたのは言うまでもない。

ヒナを見知らぬ男の腕から奪還した今、面倒でややこしい仕事の話などどうでもいい気分だ。

甘い香りと乱れた蜜色の髪、ぎゅっと抱き返してくる小さな手のぬくもり、そして口元のよだれあと……。

いくら眠たいからといっても、他人に抱きかかえられて、ああも気持ち良さそうな顔で眠れるものか?あまつさえ胸元に頬を擦りつけたりして、しかもあの馬鹿な使用人はヒナを渡すまいとした。まさかヒナに邪な感情を抱いたりしていないだろうな?

ジャスティンはヒナを椅子におろすと、呼びもしないのにジェームズのあとに続いて書斎へ入って来たパーシヴァルに向かって言った。

「おい、パーシヴァル!あの出来損ないの使用人を連れてさっさと自分の屋敷へ戻れ!」

まだ上着の裾にしがみついていたヒナが、よじ登りながら反対の声をあげた。「やだぁ、パーシーここにいて!」

「ヒナは黙っていなさい」

「ぶう」

ぶう?なぜ、ヒナが不貞腐れる?

「ジャスティンは嫉妬しているんだよ。僕とヒナが仲良しだから」ヒナの援護をもらったパーシヴァルは、気取った足取りで部屋の中央の一番上等な椅子に腰をおろした。なめらかな肘掛けをいやらしい手つきで撫でながら、「屋敷は売りに出した」と、もののついでといった様子でさらりと言った。

「売りに出しただと?」

「そうだ。だから帰る家はないんだ」パーシヴァルは言い切り、小さく肩をすくめた。

「パーシーかわいそう」ヒナはしょんぼりと言った。

「ヒナ、騙されるな」そう言ってジャスティンは、しがみついたままのヒナを抱き上げると、二人でゆったりと座るに充分なソファに腰をおろした。ややパーシヴァルに背を向ける格好だ。

「そうですよ、ヒナ。パーシヴァルは嘘を吐いています。外出もままならなかったのに、屋敷を売る手配が出来たとは思えません」ジェームズがジャスティンとヒナの向かいの椅子に座った。

誰からも背を向けられたパーシヴァルが慌てて席を移動する。椅子を動かし、ジェームズの近くに座ると、「僕はここでジェームズを助ける」と脈絡もなく告げた。

ジェームズは即座に反発する。「助けなどいりません!」

「助けが必要なのはお前だろう?」ジャスティンは呆れた。

ヒナはひとり、「いるっ!」と声をあげた。

わかって言っているのか、大人の話し合いにヒナを参加させるべきではないし、いまはパーシヴァルも邪魔だ。

だがヒナは横にべったり張り付いているし、パーシヴァルもジェームズにべったりだ。

「仕事の話がある――」ジャスティンが何かと面倒な二人をていよく追い出そうと口を開いた時、パーシヴァルが突如真面目な面持ちで言った。

「僕をパートナーにしてくれないか?」

つづく


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迷子のヒナ 320 [迷子のヒナ]

「冗談!お断りします!」

ジェームズの激しい拒絶にあい、パーシヴァルは初めての仕事に対する意気込みが瞬く間に萎えていくのを感じた。

ジャスティンが引退する今、ジェームズひとりでクラブを切り盛りするのは大変だと思う。僕には金があるし、大掛かりな改装費だって難なく払える。おもしろい催しもいくつも思いつけるし、おとなしく裏方に徹する覚悟だってある。

ちょっと待てよ。この場合の選択権は誰にある?僕をジェームズのパートナーに据える権限はジャスティンにあるんじゃないのか?

「だとさ。諦めろ、パーシヴァル」ジャスティンがうんざりと溜息交じりに言う。

「あきらめちゃダメっ!パーシーとジャムはヒナとジュスみたいになるんだから!」ヒナはジャスティンの腕に絡みつき、仲良しぶりをアピールした。

「あ、ありがとうヒナ……」なんだか的外れな気がする……。いまは仕事の話をしていた訳で……恋愛アレコレではなかったのだが、もしかしてみんな勘違いしているのか?ジェームズも!?まさか、人生のパートナーにって思ったんじゃ……いや、もちろんそっちでもパートナーになって欲しいけれども。

「ジャスティンの代わりは無理だろうけど、僕には潤沢な資産があるし、いいアイデアも出せると思う。帳簿なんかはジェームズが得意だろう?」

「ちょ、ちょっと待て!」ジャスティンが右手を上げて、パーシヴァルを止めた。「共同経営者になるつもりなのか?」

「そうだ!最初からそう言っているだろう?」

「そうだ!そうだ!」ヒナが遠慮がちに小声で口を挟む。おそらく話の内容はさっぱりだろう。

「そうなのか?」ジェームズが驚いた様子で訊き返した。心なしか安堵しているようにも見える。

ショックだ。

「そうだよ……僕だったら客からの目線で口も出せるし、と思ったんだけど」

「なにを言っているんですか?あなたは仕事するような身分ではないでしょう?それに遊びで口出しされても困ります」

ムッ!

ジャスティンやヒナの前だから他人行儀な喋り方は我慢しよう。

けど、遊びだと決めつけ、僕が仕事をできるかどうかという問題の前に、身分で差別しようっていうのは、どういう了見だ?仕事が出来ないと切り捨てられなかっただけ良しとするべきか?

「ジャスティンに出来て僕に出来ないはずないっ!」

疑わしそうな視線がパーシヴァルに降り注ぐ。ここまで味方だったヒナでさえ、憎たらしいくらい冷ややかな目つきで、勝手にジュスと比べないでよね、と異議を申し立てている。

「金はいくらでも出せばいい。別に拒まない。けど口は出すな」ジャスティンはさも大儀そうに言い、ヒナの顎の下をまるで猫にでもするようにカリカリと掻いてやった。

ヒナは喉を鳴らしはしなかったが、ジャスティンにすりすりと身体中のあちこちを擦りつけ、とうとう膝の上に乗ってしまった。

なんて淫らな!

いったいいつからジャスティンは、僕の前で堂々とヒナといちゃつくようになった?見ているこっちが恥ずかしい。

ジェームズだって、いい気はしないはずだ。まだ……忘れていないんだから。だから僕との関係だって渋って……。

「本気ですか?」それまで頭ごなしに拒絶していたジェームズが、初めてパーシヴァルの目を見て真剣に尋ねた。

もしかして、脈ありなのか?

つづく


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